VOL.4 やられた
釜山
事件の前の出来事
頭をがつんとやられた。かち割られた。
朝、僕は釜山のフェリー発着場から歩いて市街地に向かっていたところ、メガネのスタジャンを着た男に韓国語で話しかけられた。日本人だということを拙い英語で伝えると、後ろにいた2人組に声をかけた。2人組はどちらもスーツ姿で、少しエリートのビジネスマンのように見えた。そして少し日本語が話せた。
どこから来た? どこに行く? 何をしたい? のような簡単なやりとりをした後、スーツ姿の2人は日本語の勉強中だから、もう少し会話をさせてくれないかと頼んできた。
そこまで急いでいるわけではなく、また旅の醍醐味は地元の人との交流。いい土産話になればと、スタジャン男とスーツ2人組、そして僕の4人は近くの喫茶店に入った。
人参茶なるものを頼んだが、味は決してうまいと思えるものではなかった。人参茶をちびちびと飲みながら、世間話に興じた。僕は僕で日本語を教えてあげているつもりで、いろいろ日本のことを話して、彼らは彼らで釜山のことを教えてくれた。話の流れで、彼らに釜山を案内してもらうことになった。
人参茶は3,300ウォンだったが、それは彼らがおごってくれた。
大きなバックパックは南浦洞駅のコインロッカーに入れると、4人でタクシーに乗り込んだ。
連れて行かれたのは、海の見える眺望のいい公園だった。名前は覚えていない。
景色の写真を数枚撮っていると、僕の写真も撮ってくれた。一緒に撮ろうと言ったが、恥ずかしそうに、手を横に振る。いいから、いいから、と何度も促したが、3人とも手を横に振るばかりだった。
そこから海水浴場にも行ったが、別に観光地と言えるほどのものではなく、好奇心は起こらなかった。
そんなことをしているうちに昼くらいになっていて、そろそろ今夜泊まる宿を見つけて、旅のプランを立てたい。彼らにそう伝えると、じゃあ昼ご飯を食べて解散しようということになった。昼ご飯はごちそうしてくれるという。
途絶えた記憶
連れて行かれたのは、海水浴場のすぐ近くにある小ぎれいな店で、ちょっとした料亭のような店構えだった。
大皿に盛られた刺身が運ばれ、海鮮料理が何品か並べられた。酒も出された。HITTEビールに焼酎。昼ご飯にしてみたら、贅沢過ぎる感じもしたが、それは彼らが僕を歓迎してくれている気持ちだと思い、その思いに応えるためにも、僕は勧められるままにHITTEビールと焼酎を煽った。
しかし、その店での記憶は途中で消失してしまっている。
悔やまれる失敗
意識を取り戻したのは、バーのような暗い店の中だった。店員らしき若い男に体を揺らされ、韓国語で声をかけられていた。僕はひどく酔っていたのか、意識朦朧としていて、申し訳ないが、まったく会話にならなかった。
しばらくすると、警官2人やってきて、僕はパトカーに乗せられ、近くの派出所に連れて行かれた。パトカーの中で頭が痛いことに気づき、手をやるとべっとりと血が付いた。よく見ると服も血だらけになっていた。かばんの中を確認すると、パスポートもトラベラーズチェックもカメラも無事だったが、両替をするタイミングがなかった日本円4万円がなくなっていた。
派出所につき、ようやく意識がしっかりとしてきて、悪い奴らにしてやられたのだと理解した。これほど完全に意識をなくしたことは経験したことがなかった。べろんべろんに酔っ払ったことは何度もあるが、完全に意識がなくなったり、意識を取り戻しても朦朧とする時間が続くようなこともなかった。おそらく睡眠薬だろう。焼酎にでも睡眠薬を入れられ、バカな僕はそれを自ら一気飲みしてしまったのだ。免疫のない体に睡眠薬は即効性の効果をもたらし、一瞬で意識を奪ったのだろう。頭の傷は意識を失った際に、倒れて何かにぶつけてしまったのかもしれない。
考えれば考えるほど、うかつだった。
そもそも釜山の港で話しかけられることに怪しいと気づくべきだった。スーツの男は会社が休みだと言っていたが、休日になぜスーツを着ているのかもスルーしてしまった。後で分かったことだが、地球の歩き方などのガイドブックには、釜山の港で日本語を勉強をしているなどと話しかけられて、詐欺や強盗にあう被害に気をつけるような記事が載っていた。典型的な手法にひっかかった。
次に観光地で一緒に写真を撮ろうとしなかったこともシグナルだった。犯人が自分の顔写真を残すはずがない。これは今後の旅にも役に立つのだが、疑わしい人物が近寄ってきたら、一緒に写真を撮ろうと申し出ればいい。怪しい奴は大抵は一緒に写ろうとはしない。
そして知らない土地で、初めて会った連中と、ガバガバと酒を飲んでしまったことは犯罪を手助けしたようなものだ。調子に乗って、こちらから一気飲みの勝負を挑んだり、腕相撲をしたり、さんざんはしゃいだ挙げ句に、頭から血を流し、お金を失ってしまった。
オッケー 4ポイント
頭からの血は止まらなかったので、病院に連れて行かれた。病院では麻酔もせず、頭を押さえつけられると、いきなり縫われた。医者は「オッケー、4ポイント」と言った。
病院に着いてから4針縫われるまで10分ほどの出来事だった。
派出所に戻ると、日本領事館の人と、ボランティアで通訳をしている韓国人が待っていた。
僕の気の緩みによって、いろんな人に迷惑をかけてしまった。日本でたくさんの旅の本を読み、いろんな手口が頭に入っていたはずなのに、結局平和ボケが抜けていなかった。
夜も遅くなってきたので、詳しい話は翌朝にすることとして、派出所から近くのホテルに泊まることとなった。部屋で一人になると、恐ろしさがこみあげてきて、なかなか眠れなかった。
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