ナガルコットへ
カトマンズから車で1時間半ほどのところにナガルコットという町がある。エベレストも連ねるヒマラヤ山脈のパノラマビューが楽しめることで有名なエリアだ。 特に、日の出や夕日の時間帯には、山々が美しい色に染まり、幻想的な光景が広がると聞く。
ちなみに、エベレストは英語で、チベット語ではチョモランマ、ネパール語ではサガルマータという。
僕はサガルマータを見たくて、ナガルコットへ行くことにした。
インドビザのことが気になって朝インド大使館へ行ったが、まだ名前は出ていなかった。
カトマンズからナガルコットまで 直通のローカルバスはない。ツーリストバスだと「地球の歩き方」には75〜90ルピーと書いてある。
僕はローカルバスでバコタカルまで行き、そこからナガルコット行きのバスに乗り換えることにした。
セントラルバススタンドでバコタカル行きのバスを探したが、中国のときと同じように、あっちだ、こっちだ、どっちだと、迷い迷わされていると、エクスプレスは違うところから出ているという男たちまで出てきた。
その2人組の男が、「案内してやる」という。またかと思う。
一人で行ける、ガイド料を請求するなよ、と何度も言ったが、彼らは心配するなといいながら、ついて来る。
そして僕が自力で見つけたバスに乗ると、彼らも乗ってきた、「俺たちもナガルコットへ行きたいのだ。あそこはとても良いところだからな」とほざく。
ますます怪しい感じがしたが、彼らが行きたいというのを僕が止めることもできない。
なぜ僕はいつもこうなんだろう。隙が多いのだろうか。
バスがバクタプルという町で停車した。
「バクタプルは観光しないのか」「寺がたくさん あって面白いぞ」
彼らが僕をしきりに、バスを降りようと誘ってくる。
「今は寺に興味はない。早くナガルコットに行きたいのだ」と僕が答える。
「ナガルコットで今日は泊まるつもりか」
「そうだ」
「ナガルコットは高いぞ。泊まるのはやめておけ」
なぜか日帰りを勧めてくる。ナガルコットへ行き、カトマンズ まで一緒に帰ってきてからガイド料を請求するつもりなのだろうか。
ネパールに来てから僕の思考の回路は変にぐるぐると回るようになった。でも僕のネパール回路が当たっていたのか、彼らは急にやはりカトマンズへ帰ると言い出し、ナガルコット行きのバスから降りていった。
どこに行っても油断は禁物だ。
バスは丘を右へ左へと尾根を伝いぐんぐん上へ登っていく。窓の外には段々畑が広がるのどかな風景がある。
田舎へやってきた。店も家も人も少ない。人混みから解放されて、心が踊るようだ。
バスに乗っているツーリストは僕とカナダ人の二人だけだった。
バスから降りてホテルの集まる方へ歩いていくと、途中でホテルの客引きが「泊まらないか」と声をかけてくる。
「もし他に良いホテルがなければここに戻ってくるよ」
僕がそう言うと、それ以上は誘ってこない。全然し つこくないことに意外さを感じた。
そんなやりとりをしている間に、カナダ人はどんどん先へ行ってしまった。さっきまで楽しく会話をしていたのに、冷たい。待ってくれてもいいではないか。
僕は、ナガルコットで泊まるホテルに少しのこだわりを持っていた。これまでと違い、ただ安いだけで決めるつもりはなかった。
まずは景色がいいのが第一条件。とにかくサガルマータを見たくてやって来たのだ 。
ただし現地の人に聞くところにはサガ ルマータは見えるには見えるが、小さくて際立って見えるものではないらしい。
第二条件はホットシャワーが出ること。カトマンズで泊まっていた 60ルピーのロッジは水しか出なかったので、ネパールに入ってから顔も頭も体も洗っていない。
特にカトマンズは排気ガスと埃の街なので、顔と頭はかなり汚れてボロ雑巾のようだ。値段は10USドルまで奮発する覚悟だ。
いくつかのホテルの部屋を見せてもらったが、僕は納得できなかった。部屋の窓から邪魔されることのないヒマラヤの景観が欲しかったのだ。
そんな中、「Hotel View Point」はなかなかの眺めだった。
隣にあるThe Fortというホテルが少し邪魔に思えたが、The Fortは60USドルの桁違いのホテルなので、さすがに泊まれない。
Hotel View Pointは10USドルだという。気に入ったのでそのまま泊まることにした。マネージャーに2日泊まるので1泊8ドルにしてほしいと頼むと、他の客には内緒ということでOKしてくれた。
僕は久しぶりにホットシャワーを浴びて、ホテルの屋上へ上った。
ロケーションはいいのだが、少しモヤがかかり、ヒマラヤの山々がぼやけて見える。朝と夕方はきれいに見えるという。
ホテルの近くを歩いてみた。
Hotel View Pointの先にもいくつかホテルがあった。レンガ作りのホテルがほとんどの中、一つだけ シルバーのホテル「Country Villa」があった。見るからに高そうだ。日本語がとてもうまいスタッフがいたので、部屋を少し見せてもらった。
シティホテル並みの設備で、ホテルビューポイントとは清潔さ、新しさ、建築の素材からして違う。値段を聞くと30USドルという。うなずける値段だ。ただし、景色はそれほど大差があるわけではなかった。
スタッフが、もし君が泊まるなら600ルピーにしてあげるよという。デラックスな部屋を見て600ルピーはとても安く感じたが、ただ今回は貧乏旅行なのでやめておこう。
シルバーのCountry Villaの先に Himalayan Resortというホテルがあった。そこのオーナーらしき人が話しかけてくるので値段を聞くと、200ルピーという。日本円だと400円になる。Hotel View Pointよりも眺めがよく、しかも安い。
ホテルを決めるのが早かった。失敗したと思う。
オーナーと話していると、バスで一緒だったカナダ人が現れた。
どうやらこのホテルに 泊まるらしい。余計に悔しかった。
オーナーはトレッキングしないかと誘ってきた。詳しく聞くと、村や寺を回るという。今回は遠くから山の景色を堪能したいから、断った。リバートレックもあるという。そっちの方は興味があったが、もし行くなら日程を伸ばさなければならないため諦めた。
お茶でも飲まないかと誘われたので、ついでに夕食もこのオーナーが営むレストランで済ませることにした。
トマトスープはカレールーをそのまま 溶かしたみたいな味で、塩辛く、美味しくなかった。ベジタブルフライドライスは少しべちゃべちゃするのももののまずくはなかった。ただ、美味しいというほどでもない。
カトマンズのYAKレストランがいかに美味しいのかわかった。
値段も高かった。ミルクティーが50ルピーもして、おまけにサービス税が取られた全部で16ル ピー。YAKレストランならその半分以下だ。丘の上にあるホテルなので都会と同じものなら高くなるのは仕方ないことなのだが、旅に出てすごぶるケチになっている僕にはショックなプライスだ。
ミルクティーを飲みながら、西へと沈んでいく太陽に赤く染まったヒマラヤを見ていた。頂上の付近がはっきりして、日本では 見られない景色になり、僕はそれをじっと眺めた。
ナガルコットはとても静かだ。
僕がネパール人ならここに一つ別荘を作りたいと思うのだが、そんな贅沢なことを考えるのは、収入の少ないネパール人に対して失礼なのかな。傲慢な自分を反省する。
ヒマラヤの日の出
朝6時50分に起き、ヒマラヤの日の出を見た。
近くのホテルの屋上には複数のツーリストが上り、日の出を見ようとしていたが、我がHotel View Pointの屋上には僕一人だけであった。
レストランでチャイを飲みながら見たかったのだが、7時30分オープンだという。屋上で一 人うろうろしながら日の出を待った。今朝は雲が多かった。
7時を過ぎて、ヒマラヤから太陽が出た。景観的には雲から出たヒマラヤの輪郭がはっきりしていない。それでもヒマラヤの日の出を見たというのは事実であり、なんとか納得することにした。
ナガルコットを少し歩いてみた。
あっちこっち歩くつもりだったが、暑いのか寒いのかわからない気候に、動き回るのが嫌になった。バススタンド近くのレストランの丘からしばらくナガルコットの風景を見ていた。
ヒマラヤは白くぼやけて、その姿がはっきり見えないが、山の尾根、谷に続くダンダン畑は無限に続いているようで、それだけでも楽しかった。
どこを見ても楽しめた。双眼鏡であっちこっち覗いた。全体的な景色を見るのも楽しいが、双眼鏡で鳥や牛や人間を観察するのもまた楽しい。
ナガルコットを訪れるツーリストがよく行く場所として、チーズファクトリーというところがある。チーズが好きというわけではないが行ってみた。
地図にはチーズファクトリーと大きく載っているのに、特に見学施設が設けられているというわけではなかった。地図に載っていなければ到底知ることもない。
小屋でチーズは作られていた。食べることはできるのかと聞くと、工場のおじさんは大きな単位でしか販売していないのだよ、と言いながらも、二切れだけ無料で食べさせてくれた。
ヒマラヤの近くの工場でできたチーズを口にするのだから、精神的に美味しく思えるようにしてみたの だが、味は日本で食べるその辺のチーズの方が美味しいように思えた。もちろん僕はチーズそのものが 好きというわけではないし、そもそも味覚が乏しいので、独断的な感想である。
ヒマラヤは昼を過ぎ夕方になっても はっきりと姿を見せてくれなかった
翌朝、山を見たら、昨日よりも雲が多く視界が悪かった。
これ以上ここナガルコットにいてもお金を使うだけだ。宿泊費も食事も中心街の倍の 値段だ。カトマンズへ戻ることにする。
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